カテゴリ:ハンガリー( 1 )

東欧の地理について学習し始めて気付いたこと

 皆様には大変に申し訳ないのですが、 mixiへの参加希望メール受け付けはしますが、もう少し条件を制限してみます。様子見でもあります。これはmixiへの規約の事も考慮に入れたことですし、あんまりにも気安く人をmixiに参加させてしまうのもよくない様に思えたからです。

 誤解していただきたくはありません。引き続きmixiへの参加希望メールは受け付けます。メールアドレスはzmrzlinova@yahoo.co.jpです。メールのタイトルは「mixiの参加希望」と書いていただいて結構です。ただし、なぜmixiに入りたいのか、入りたい理由を本文に(そんなに肩肘張らなくてもいいです)書いていただくようお願い致します。
 全くもって勝手なお願いではあります。大変に申し訳ございません。ただし、やはりmixiへの参加については以上の事を考えました。何卒お願い致します。メールを頂いた後、私が吟味して招待メールを送ることに致します。これからも宜しくお願い致します。

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 さて今まで、私はいわゆる「社会科」を専門に学習してきました。当然社会科といってもいと色々あります。歴史、経済、社会、地理などです。もともと好きな教科でしたが、今までは主に歴史、経済、社会について学習してきたつもりです。特に歴史は好きな学科で、歴史学まで学習しました。

 前置きが長くなってしまいました。今は新たに東欧の「地理」について学習を始めました。そうすると、一つ非常に面白いことに気付きました。
 因みに読んでいる本は中村泰三、『東欧圏の地誌』。古今書院、1987年です。(1989年の東欧の改革以前であることには注意をしなければなりませんが、さすがに山や川がそうそう簡単に18年の内に山脈の形が劇的に変わることもないと思うので(実は2002年チェコで洪水が、2004年スロバキアでも大災害が起きてはいるのですが)基本的な地理や気候の傾向に関してはまだまだ使える本だと思います。難しくもない本なのでお薦めです。)

 ハンガリーについてです。
 ハンガリーは1918年に19世紀から成立したオーストリア=ハンガリー二重君主国から独立します。この後は実に様々な混乱(例:1919年に社会主義政権の一時的成立、その後この社会主義政権崩壊後もホルティ政権成立)を経ます。そして王のいないハンガリー王国に落ち着きます。こんな状況でハンガリーは1920年にトリアノン条約を結んで、領土を大幅に減らします。どれだけ減らしたかというと三分の一、又は三分の二とも言われています(正確な計算がほしいところです)。相当な領土割譲です。この上に地下資源と賠償金を連合国に譲ることになったわけですからとんでもない負担です。

 ここで問題になるのは失った領土についてです。ハンガリーはスロバキア、トランシルバニア(現在のルーマニアの北西部分)、クロアチアを失います。
 つまり当時でのチェコスロバキア、ルーマニア、ユーゴスラビアに領土を割譲します。
 あとは、実は上のリンクにもないのですが現在のオーストリアのブルーゲンラント州となっている部分も、もともとはハンガリー領で、これがトリアノン条約の結果オーストリアにも割譲されます。なんだか面白いのですが、実際そうなのです。

 これらの地域は今まで習ってきた歴史、経済と更に今学んでいる東欧の地理を組み合わせると、ちょうどハンガリーがトリアノン条約で失った領土はちょうど地下資源が豊かにあるところであったり、鉱山があったり、肥沃な土地であったりします。今のハンガリーの領土はトリアノン条約後のハンガリーの領土と変わらないので分かりやすいので割譲した領土についてトリアノン条約のあとの動向も絡めて、辿ってみます。

 まず、今のスロバキアの南の方、平野部でドナウ川以北の部分です。第二次世界大戦直前にハンガリーは南スロバキアを一旦回復します。そして後にチェコスロバキアに返還されたあと、1945年以降のチェコスロバキアの土地改革の際に最も土地争いが激しかった地方です。スロバキアは基本的に地図をご覧になっても分かるように基本的に山国です。にもかかわらずこの地域はそれこそチェコスロバキア一肥沃な土地です(実際そこに行って多くの穀物が実っているところを見ました)。

 またハンガリー国境のすぐ南、ベオグラードより北の地域も肥沃な平原の地域として知られています。第二次世界大戦が始まり、枢軸国側に立ったハンガリーはこの地域を一時的に占領します。国益が絡んでいたと想像するのは難くないです。

 更にトランシルバニア地方、第一次世界大戦前のルーマニアとの国境の地域のカルパチア山脈の以西には鉱山があります。この地域は同様にハンガリーは第二次世界大戦中、一部を回復します。ただカルパチア山脈にまで到達していなかったので、必ずしもハンガリーにとって見返りの大きい物だったかは疑問です。それでも回復願望はあったのでしょう。

 こういった政治的領土の変遷と(どちらかというと歴史に入る分野でしょうが)、地理を複合させて考えるとなぜハンガリーが枢軸国側に立って戦うことになったのか、なぜそういった失った領土を回復しようとしたのか、より深く理解できそうです。非常に興味深いものです。
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by zmrzlina | 2005-03-30 19:28 | ハンガリー