日本にチェコに中国その2

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 今現時点で、もととなる切手を大して持っていないのでほとんど文字だけの説明になってしまいますが、今回も日本とチェコと中国を他の面から見てみましょう。

 中国という国はもう説明する必要もないほど、日本への影響を及ぼした国ですね。本当に長く、深く関係がある国です。漢字、中国文学、中国の思想などなど枚挙にいとまがありません。 今回は中国の切手について話すのですが、当然のことながら発行する切手は例えば三国志、水滸伝、西遊記、紅楼夢の切手、中国の詩人、杜甫、李白の切手、中国の思想家の切手、孔子の切手、景徳鎮の陶磁器、パンダなどなど我々にとって馴染みがあるものが多いのです。

 このことを大前提にして話を進めたいと思います。(今回のこの文を書くにあたっては2005年の郵趣2月号を大いに参考にしました)

 ことは1959年に起きました。当時の中華人民共和国(以下、中国)は多くの色を使ったグラビア印刷の技術をチェコスロヴァキアから導入します。当時同じ社会主義圏だったということもあるのでしょう。こういう形で中国はチェコスロヴァキアから印刷技術を導入します。

 ここでグラビア印刷というものについて少し説明します。これは一種の凹版印刷です。これは間違いありません。説明が難しいのですが非常に細かい点描画のようなものです。印刷する場所の濃淡に応じてインクの量を調整して紙に押し付ける方式といえます。(ちょっと苦しい説明ですが)

 このことは中国では1959年8月15日発行、(中国・チェコスロヴァキア郵電技術協力、(整理番号、紀65)という切手で、チェコスロヴァキアでは1959年10月1日発行、(チェコスロヴァキア・中国技術提携10周年、1075番(「1075番」はKATALOGというチェコ語の切手カタログでの整理番号)という切手でそれぞれ表現しています。デザインもほぼ同じです。(こういうのを「ジョイント・イシュー」、共同発行と言います)

 ただしもう少し読むと、この私の持っているチェコ語のチェコスロヴァキア切手のカタログでは「中華人民共和国成立10周年」と書いてあります。たしかに1959年10月1日というのは中華人民共和国成立10周年の日ではあるのですが、不思議です。タイトルにずれが生じています。

 上の記述をすると、チェコスロヴァキアの主張では1949年から1959年まで中国の切手製作を援助していたということになります。中国側の主張ではまさに1959年からチェコスロヴァキアの技術を導入したということになりますので時間的な矛盾が出てきてしまいます。

 チェコスロヴァキアの主張が正しかったとみるのもあながち間違いではないと感じます。あくまで感覚ですが、つまり1949年から59年頃までの中国の切手はチェコスロヴァキアお家芸の凹版印刷の技術を取り入れたかのような切手を発行し続けました。この時期、1949年から59年の中国切手の出来は凹版印刷に関して言えばなかなかにいいものをたくさん出しています。

 これらの時間的なことはとにかく、1959年というのは中国切手にとって間違いなくターニングポイントでした。当時50年代末からは世界中で切手は多色のグラビア印刷の時代に向かっていっていました。中国のこの時代の切手もそういった流れの中でチェコスロヴァキアからグラビア印刷技術を導入し、中国切手を発行していったと解釈していいかもしれません。

 さて、チェコスロヴァキアの技術を導入した中国は60年代の初めから文化大革命が始まる前、1965年頃まで非常に優れた切手を出し続けました。(文化大革命の頃1966年頃から約十年の間の切手は残念ながら、そんなに酷く落ちたわけでもないのですが、全体的に印刷の質が落ちてしまいます。)

 第一弾として金魚、後に唐三彩、菊、牡丹、蝶、丹頂鶴、京劇そして中国の文人がその絶景ゆえによく訪問した中国の黄山切手が発行されました。特に黄山切手はもうそれは現在のレベルから見ても、極めてすばらしい切手です。
 グラビア印刷と凹版印刷の長所を最大限まで引き出して、絶景に反映させています。(ちょうど今、この切手、切手の博物館で見られます。極めて出来の良い切手です。一見の価値ありです)

 金魚、唐三彩、菊、牡丹、蝶、丹頂鶴、京劇に黄山・・・。これら以外にも1959年から65年頃にかけて素晴らしい切手を中国は発行しました。そしてこれらは一部なりとも皆様にはなじみの深いものがあると思います。そんな美しい切手を印刷した中国の背景にはチェコスロヴァキアの印刷技術があったなんて私も驚きでした。
 まさに日本の文化になじみの深いものが中国にてチェコスロヴァキアの技術をもとに切手の形をとって発行されていたわけです。当時の日本は西側でチェコスロヴァキアと中国は東側でした。当然中国は主に自国向けに切手を発行したわけでしょう。しかしながら意図せず日本人にとって非常に魅力的な切手を続々と発行していったのです。当時日本と中国には国交ですらありませんでした。このことには非常な面白さを感じられずにはいられません。

 P.S どなたかお願いです。この頃の中国切手の画像ファイルお持ちの方もしよろしければ私のメールアドレスに送っていただけないでしょうか?私のメールアドレスはzmrzlinova@yahoo.co.jpです。何とかして皆様にお見せできればと思っています。(アップロードしたいのです)長い文章を書きましたが、やはり百聞は一見にしかずです。どなたか何卒お願い致します。この金魚切手だけではまだまだこの頃の中国切手の魅力を示すにはまだまだ不十分ですので・・・。
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by zmrzlina | 2005-04-12 17:17 | チェコ切手
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